kazuko's Gallery  旅行

南紀白浜・串本・熊野古道 2023年8月
  今年の夏の家族旅行は、串本と熊野古道に設定。 運転者が同じ道は通りたくないと内陸を通って白浜回りで串本に行くと言うので、前日のPM11時に自宅を出発。下の息子が夜通し尾鷲迄運転してくれる。ガソリンが無くなったので、高速を降りたところで給油、何とリッター192円!池原ダムへの酷道(兄ちゃんは酷道大好き男)を行く予定が案の定、先日の台風で通行止めになっていて、熊野迄戻ることになる。高速を入ったところで渋滞になって1時間ぐらい予定オバーだったので、更に遅くなり串本の夕日に間に合うか心配。古道歩きの里・道の駅「ちかつゆ」でまぐろ丼を食べ、白浜に着いたのは12時過ぎ。日本最古の温泉崎の湯へ寄って、千畳敷、三段壁を見、本州最南端潮岬へ寄って、串本へ
 国道425号線は奥深い山の中、途中渓谷や熊野川が見られた.
   
   
近露ドライブイン・・熊野古道の中心地・田辺市中辺路町近露にある大型のドライブイン。ちかつゆという地名の響きがよく、小綺麗なお店が並んでいたが、お客は少なく寂しかった。 魚料理を提供するお店で、鮪丼を食べる。
   
   
 崎の湯・・白浜が温泉地として世に知られるようになったのは、今から約1400年前の飛鳥・奈良朝の頃で、その走りが「崎の湯」。その頃の「崎の湯」は、「牟婁温湯」と呼ばれており、「日本書紀」や「万葉集」にも記されている。 斉明3年(657)、時の孝徳天皇の皇子である「有間皇子」が、この「崎の湯」に逗留され、その「有間皇子」の薦めで木の根険しい山坂をいとわず、翌年には、「斉明天皇」が、大宝元年(701)には、「持統天皇」「文武天皇」が行幸され、また熊野詣での往来に、「後白河法皇」をはじめ、都の貴族たちが沐浴されており、道後・有馬と並んで日本最古の三湯の一つの温泉とされているとか。
 暑かったのと、時間が無かったので入らなかったが、目の前に雄大な太平洋が広がり、波しぶきが届く温泉には冬には入って見たいものだ。白浜の千畳敷は父母と50年前に訪れたことがあったが、なかなかの景観だった。
   
 白浜・千畳敷・・瀬戸崎の先端から太平洋に向けて突きだしたスロープ状になった白く柔らかい岩は第3紀層の砂岩からなる大岩盤で、打ち寄せる荒波に浸食され壮大な景観を創っている。 
   
   
   
 三段壁・・源平合戦で源氏に加勢した熊野水軍の船隠し洞窟があるとのことだったが、 寄れなかった。
   
遅くなったので、串本へ急いだが、運転者が眠くなり、手替わりをしようにもトンネルが続き、ひやひやした。日が傾きだして黄金色に染まる海にすてきな松を抱いた島が見え写真を撮りたかったが、それどころではなかった。潮岬半島に入ったが、結構遠く心配したが何とか眠気が治まったようで、一安心。
 潮岬・・本州最南端の地、その昔、海軍の望楼(物見櫓)があったところで、「太陽の出て没るまで青岬」と山口誓子によってうたわれて 夕日百選に選ばれた地であるが、時間が無くて夕日までは居られなかった。.日本でも有数の台風銀座であり、台風の位置を示す指標にされることが多い。1959年に東海地方を中心に甚大な被害を出した伊勢湾台風も、潮岬の西方から本州に上陸した
   
   
 串本・橋杭岩・・和歌山県東牟婁郡串本町にある奇岩群。同町の大字鬮野川(くじのかわ)小字橋杭の海岸から紀伊大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850メートルもの長きにわたって連続してそそり立っている。直線上に岩が立ち並ぶ姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また橋杭岩を通して見る朝日はとても美しいと評判で日本の朝日百選の認定も受けている。 
   
今夜の宿は串本ダイワロイヤルホテル・・お部屋はスタンダードなので、写真に撮るほどではないが窓からは橋杭岩が見渡せ景観は良かった。露天風呂も温度が適温で、海が見える気持ちの良い温泉だった。お食事もお魚の鮮度が良く、お料理が進み具合に合わせて少しずつ出てくるので、美味しく食べられた
8/29 朝4時半に起きて橋杭岩の朝日を撮りに行く。
   
   
朝 出発して給油をしている間に、再度撮りに行く。 海岸に降りる坂道を降りていたら、すってんころりと転んでしまった。昨日の岩場では慎重に歩いたのに、今日は少しも疑わず普通に歩いたのが悪かった。海水に濡れた坂道がぬるぬるしていたようだ。
   
   
熊野古道は、「熊野三山」と呼ばれる3つの大社へと繋がる参詣道のことを指す。「熊野三山」とは「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」の3つの神社を指していて、日本全国に数多存在する熊野神社の総本社。 熊野古道には、「中辺路」「伊勢路」「小辺路」「紀伊路」「大辺路」という5つのルートが存在。ルートが沢山あって迷ったが初心者向けの大門坂から那智大社、那智の滝コースを選んで大門坂下駐車場に車を止め、歩き始める。杖を持参するつもりが忘れたので、どうしようかと思ったが、駐車場に無料貸出の杖が置いてあり、助かった。息子たちに歩き通すのは無理と言われたが、何とか那智大社の下まで石畳の坂道を登りきることができた。那智大社はパスして那智の滝へ向かう。こちらも長い階段続きだったが手すり付きだったので何とか降りることができた。
   
   
那智の滝 那智山の奥山、大雲取山から流れ出る本流にいくつもの流れが重なり合い、ついには原生林を切り裂くように落下し、水柱は落差133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さは10mの名瀑で、落差は日本一。
   
丸山千枚田・・三重県熊野市紀和町丸山地区の斜面に幾重にも描かれた棚田で、日本の棚田百選にも選ばれている。1340枚という日本でも最大規模 ...  オーナー制度で守られている
   
 池原貯水池・上北山温泉・・昨日行けなかった池原ダムを目指すがダム湖は 広大でなかなか目的地へ着かない。やっと道の駅吉野路上北山に着いたが、店は閉まっていた。奥深い山里に来た感があったが、温泉地のようで、家族連れが河原で遊んでいた。後で地図を見たら大台ヶ原の下に当たるようで、昔桃乃木渓谷を歩いたことが思い出され懐かしかった。今夜の宿から花火大会があるから早めに宿に来るようにと言われていたので、また池原ダム湖の道を延々と走る。
   
 熊野の宿から花火大会が延期となり、私たちが宿泊する日に変更になったので、混雑するから早めに来るようにとの連絡が入っていた。山道から海岸沿いの道には入ったら途端に大渋滞海岸には仮設の観覧席が出来ていて、高い幕が張り巡らされて、海側は見えない設営になっていた。4年振りの開催とか、後でテレビを見たら、海から打ち上げられた花火は圧巻だったようだ。何とか宿に5時過ぎに着いたが、熊野古道を歩いて汗をかいたので、先にお風呂に入りたくて、食事を6時半にしてもらう。
里創人熊野倶楽部
・・リゾート仕様になっていて、お部屋へはバスでの送迎。 お部屋の雰囲気は良かったが、お部屋のサービスは一切なく、クラブラウンジまで出かけると、ドリンクとおつまみはフリーだった。お風呂や食事に行くのにいちいちバスを呼ばねばならないのは面倒だった。お食事も夕食は値段の高い宿泊は会席料理だが、一般宿泊はビュッフェスタイルで、いちいち料理を取に行かねばならないのも落ち着かなかった。お風呂は塀で囲ってあるので、外が見えないのは残念。昨日の宿は安かった割に食事もお風呂も良かったので、息子たちの満足度も今一つだった。
   
   
   
   
 朝小雨が降っていたが、朝食前に鬼が城へ行く。
鬼が城
・・隆起と風化と波の浸食によって生じた自然の芸術で、熊野灘に面して延々1Km続く、国の名勝・天然記念物。山頂には、戦国時代の城跡があり、熊野古道・松本峠と連結するハイキングコースが整備されている。鬼の見晴台といわれる展望台からは、熊野灘が一望できるが通行止めになっていて、奥まで行けなかった。
   
   
   
   
   
獅子岩・・巨大な獅子が海に向かって咆哮するような姿をした高さ25mの奇岩。獅子岩は、世界遺産、そして天然記念物及び名勝。そばを流れる井戸川の上流に鎮座する大馬神社の狛犬として、隣の神仙洞と共に位置付けられている。 口の中に太陽を咥える場面が撮りたかったが、生憎の曇り空で叶わなかった。
   
 大王崎・・志摩半島の東南端に灯台があるが先を急いで寄らなかった。入り口のお魚屋さんと入り江の風景を撮る 
   
大王崎から反対に張り出した御座白浜までの道は遠かった。
 御座白浜・・英虞湾に張り出した志摩半島の西南端。遠浅で透明度の高い砂浜 が続くビーチ。お天気だったらきれいだったろう
   
   
 伊勢に入ったところでネットで調べた最安値のガソリンスタンでで給油。何と166円だった!
伊勢おかげ横丁・・お昼時だったので伊勢うどんを食べる。松阪牛ととろろ入りを注文するが、うどんはコシが無くて今ひとつだった。名物赤福は大繁盛。お土産の大きい箱は売り切れて小さい箱しかなかった。お客が多くて、流れ作業、落ち着いて食べる雰囲気ではなかったが、出来立ての赤福は美味しかった。伊勢駄菓子屋銭谷で買ったおせんべが美味しかった。(最近前歯の調子が悪くて嚙み切るのが難しくなったが、ほろほろと崩れるのにパリパリしていた)
   
   
   
   
   
五十鈴川はいつ見ても清々しい   
   
   

    

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